仲間
著者:るっぴぃ


「開かずの扉には不思議なところがいくつかある。
例えば、なぜ5人でないといけないのか、なぜこれほど長く変質しないまま流布しているのか。
そもそも設計図にすら存在しないものが本当にあるのかというのも疑問だな……」
 人影は言う。
「高等部ではこれだけ広まっているのにも拘らず大学部でまったく聞かれないのも奇怪だ。普通の学校ならともかくここは彩桜学園、持ち上がってもいいはずなのに一切それが無いというのは冗談みたいだと思わないか?」
 人影は続ける。
「決して教師には広まらない、検証が行われることすらめったに無い。これだけの悪条件でなぜ数十年もこの噂が生き残れるのか……」
 人影は言葉を区切る。
「お前は、どう思う?」
 僕は......

*****

 考えに考え抜いた末に結局、取り合えず5人集めてしまおうかなと思った。

 聞き込みは集めた後でもできるし、それに5人でやったほうが早いとも思うからだ。
 でも流石に入学直前の僕にクラスを越えるような人脈は存在しない。
 ああでもな・・・・・・、と考えたところで気がつく。
 眠い。
 疲れがたまっているのかもしれない。そういえば今の今まで不眠不休だった。
 こういうときはさっさと寝てしまうに限る。
 僕はさっきまで考えていたことを忘れないようにメモして机の上に置くと、2段ベッドの下の段に横たわる。真新しくもないが清潔ではあるベッドは疲れをため込んだ僕を優しく迎え入れてくれた。

 朝目が覚めると太陽は真南にいた。
「・・・・・・」
 別に入学式なわけでもないので落ち込むことはないのだがなんとなく悲しくなる。
 ベッドの上段を見ると部屋の相方はすでにどこかに出かけてしまったようだった。溌剌とした性格の彼は休みの日には常に外に出かけている、僕と真反対の人間だ。人間は食料と寝床とPCだけで生きていけるというのに。
 僕は机の上にメモをほったらかしだったのを思い出し回収する。
 覗き込んでみるとふと、自分の文字でないものが紛れ込んでいるのに気がついた。
“人を集めたいんだったらポスターでも作ればいいんじゃね?”
 それぐらいは僕でも考え付くよ・・・・・・。
 なんというか彼は本質的に何本かネジが抜けているのではないだろうか?
 きっと春休みの宿題も1ページも終わらせてないんだろうなぁ。去年もそうだったし。
 さてと。
 彼が帰ってきたときに彼が気分を悪くしないように、せいぜいポスター作りにでも勤しみますかね。

* * *

『開かずの扉を探してみませんか?』

 新聞部では今年も開かずの扉に関する謎を追います。
 そこで有志で協力してくれる人を探しています。
 興味のある人は4月××日4時半に特別活動支援室6に集まってください。

 新聞部 渡貫裕貴
 生徒会執行部承認印 神埼道哉

* * *

 ふう、とりあえずこんなものだろう。
 ちなみに男が一人で作り上げるポスターに過剰な期待はしない方が賢明だ。絵なんてまず間違いなく入っていない。
 生徒会の印ももらってきたし早めに張った方がいいかな……。
 その段階まで仕上げた時には既に夕日が部屋に差し込んでいた。
 本当に一日かかってしまった。出来れば他のこともしたかったんだけどな……。
 僕は仕方がないと諦めて階下に降りる。食堂は1階だ。
 昨日のように閉まっているということもなく、僕はカレーうどんを頼む。
 席に座ってうどんの半分ぐらいを腹に収めたとき、僕の前の席に男子生徒が座った。
「よお裕貴、メモには気がついたか?」
「ああ、ありがとう。役にたったよ」
 彼は沼部飛鳥(ぬまべあすか)。
 僕のルームメイトであり、出歩くのが好きで年がら年中外で遊びまわっている。
 彼は好きな時に、気が向いたところに飛び入りで参加しているらしい。入っている部活もいくつかあるとか言っていた。普通なら怒られるけど、練習しなくてもかなりの運動能力をもっていて、弱小部活なんかの練習試合に出る事を条件に許されているとか言っていた。
 勿論、練習が厳しいと評判の部活には参加しない。
 考える事は苦手だけど生きていくのは上手い奴、というのが周りの評価だ。
「ふっふっふ、そうだろう。わざわざ朝っぱらから書いておいてやったんだ、俺に感謝の気持ちでも表したまえ」
「早く食わないと置いて行くよ」
 そう言うと慌てて食べ始めた。カツ丼と牛丼があっという間に吸い込まれていく。よく食べるなぁ……。
 結局夕食を食べ終わったのは同じくらいだった。

 翌日、日が昇ってからしばらくして、僕はポスターを張りに行った。
 広い学園のあちこちに分散している掲示板を一つ一つ回って貼っていくのは予想以上に重労働で、高等部が終わった時にはもう昼になっていた。汗がシャツを濡らして気持ち悪い。
 一回寮に戻り、軽めの昼食をとると僕は飛鳥に電話をした。3コールで出る。
「飛鳥、今暇か?」
『おう、暇だ。どうした?』
 経緯を説明すると飛鳥は文句をぶつぶつ言いながらもやってきて貼って回るのを手伝ってくれた。
 やっぱり友人っていいものだ、と思ったのは飛鳥には秘密だ。

 そして中等部の作業を終え、大学部を回り終えるころにはには夕方になっていた。
「ありがとう。夕食おごるよ」
「サンキュー。天丼とざるそばで頼む」
 財布が淋しくなるかもしれないが仕方がない。
 これだけで手伝ってくれるのだから文句のいいどころも特にない。それに大学部の学食の天丼とざるそばは比較的安いメニューとして高等部にも知られている。きっと気を使ってくれたのだろう。
 相変わらず飛鳥はものすごいペースで食べ終わると僕を待っていてくれた。
 僕たちは寮に向かいながら歩く。
 本当は開かずの扉も飛鳥に手伝ってもらえればいいんだけど、互いに見知らぬ5人組という条件のせいで出来ないのが残念だった。

 あっという間にやってきた入学式を挟んで、僕らは高等部生になった。

 僕はぽつんと椅子に座っていた。教室には誰もいない。
 まあ、当然と言えば当然だろう。あんな七不思議みたいな噂を誰が調査したいなどと考え、実行に移すのだろう。自分だっていやだったのにそれに気づかなかった僕も僕だけどさ……。
 というわけで僕は特別活動支援教室6にいた。この教室は文化系の弱小部活や同好会の活動を支えるためにできたもので、沢山あるのでこういう活動には最適だ。
 特に暇つぶし用のものを持ってきていないと、長い時間はとても苦痛だ。
 時計の針が一歩ずつ進んでいくのを見ながら僕はここにいるのがひどく虚しいことにも気づいていた。
 その時間に飽きて、そろそろ帰ろうかなと思っていると突然、がらりと音がして教室の扉が開いた。
 西日が差し始めたその扉の前で少女が一人立っていた。

「お前が渡貫裕貴か?」
 少女はそう問うてきた。
 黒く長い髪をはためかせ、威風堂々と仁王立ちする姿が威圧感を伴って僕を拘束してくる。
「そ、そうだけど……」
「仲間は集まらなかったようだな。ちょうどいい」
「あの、何の話?説明を……」
「渡貫裕貴、お前を‘委員会’に入れてやる」
「は?委員会……?何を……」
「開かずの扉を探しているんだろう?」
 それだけを言うと少女は僕の手を強引に引っ張って歩き出す。その歩みに迷いのようなものは一切感じられない。
「ど、何処に行くんだよ……」
「そういえば自己紹介してなかったな」
 少女はその言葉とともに振り向く。その顔はいたずらを思いついたような楽しそうな笑顔だった。

「私の名前は竜崎嘉乃(りゅうざきよしの)。‘委員会’の会長だ!」

 その言葉に僕はぽかんとしてなすすべなく連れて行かれるのだった。
 ……一体どこに?



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